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多方面に考える会

9日、10日と友人二人と私、開催地は我が家で「多方面にホモを考える会」が催された。
かなり多方面。話題が70年代、80年代のプログレッシブ音楽までに飛躍したといえど話題の中心はやはり「やおいとしてのホモ」であった事は否めない。
それはもう、コナンやサザエ、まるちゃんまで餌食となった。

丸尾受け…いや結果、彼はどちらも行けるクチと判断された。

「屈強な筋肉に食い込む荒縄…」
ガチムチの百合にハマッているK子さんの演説は興味深かった。

布教の為と自らの精神安定剤として私はどんな話をしていても三言目には必ずBLゲームの話をしていた。

今私は今年で齢24歳になる御婦人二人とサークルを発足。ヘタリア同人を描こうと足掻いていて、それに違和感を覚えずにいた。

が「ヘタリアとか[ゆとり]の臭いプンプンすんねんけど」

というK子さんの発言に「否定出来ない」と思ってしまう。


なぜなら同人の醍醐味とは火の無いところに煙りを立てる事。
昔の腐った子女達は自らの妄想力をフルに使って時にキャプ翼、時に聖闘士星矢で「無から有を作り出す」すなわち「やおい無きところにやおいを持ってくる」という行為をしていたのである。
見方によってはかなり高尚。頭脳を使った遊戯である。

しかし、現在主流の同人対象の殆どは「腐女子人気」を狙い本家で既にカップリング布石が敷かれている。
それを何ら頭を使わず、与えられたままの布石カプを使って同人化するのは、社会に「乗せられている」状態なのではないか。
それこそ「次々に売れる関連商品の裏側で懐を暖めて笑うのは「女は馬鹿だ」と思う脂ぎった親父かも知れない。」という隣人の言葉が頭にこだまする。

つまり現在の同人界に漂う[ゆとり臭]とは裏側を読んで萌える本来の同人から離れた同人からそこはかとなく漂うバカっぽさ。というところだろうか。

様々な考えが頭を交錯するが私が出した結論は、ええい関係ない。乗ってしまえ!

現代の[ゆとり臭]漂う同人をあえて体感することも、多方面からホモを考える会の活動の一環になるのではないか。と思う。

私は最終的に「何故、私を含める女性の一部でホモが特別視されたか」という事を読み解きたい。



K子さんは私のバイブルBLゲームである咎狗の血(PS2版)を借りて行ってくれた。

もう、仲間がいなさすぎて(唯一のBLゲーム仲間であるMアリーさんも咎狗に関しては「暗い。文字多い。つまんなさそう。」と所持しているにも関わらず放置を決め込んでいる。)どんな蔑みの言葉でも罵倒でも言葉攻めでも良いから誰かと咎狗を分かち合いたい私には女神にも思えた。

恐らくプレイしての彼女の感想は、この二日間で彼女が事あるごとに言っていた「中二臭い」という言葉で彩られていると思う。
あの中二具合と「ん?なんかどっかで聞いた事あるような設定?」というデジャブそのものに何とかハマッてくれて欲しい。
がPS2版の表現規制で過激かつ神エンドであり私が身もだえ転げ回った介護エンドも軍服エンドも淫靡エンドも腸エンドも無い状態では、さして彼女の萌えの琴線に触れずにソフトが我が家に帰還するのが半ば見えている。


それでも一人これでBLゲームをプレイする人間が増えた。という事実に私は歓喜するのである。


年々、元気がなくなっているBLゲーム界。
今年のBLゲームの豊作を祈念しこの記事の結びの言葉とする。
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