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もんもん

倦怠感、焦燥感、罪悪感。私は口先の調子良いだけの半端人間だ。気力も体力も精神力も持続力も忍耐力も半端窮まりない。ある振りは出来ても実際あるわけではない。

あるものは私の身体という殻だけだ。本質は何もありはしない。
私という存在は魂とか精神とか崇高なものでは無い。
身体の、臓器の、脳の活動の一環としての思考や分析を脳自身がまるで、それだけが特別なものであるように信号で言い聞かせているだけだ。
私は、その暗示に掛かっているだけに過ぎない。
性格や癖も脳の個体差。
喜怒哀楽は脳の信号。


そうすると今、こうして思考している私は突如として確信の無い存在に変わる。

私のアイデンティティは私の肉体が勝手に作った「こじつけ」だ。
社会は肉体の集まりに過ぎない。それらの「こじつけ」が決めた規範に、文化に一体何があるのか。

答えは出る事が無い。

人間の臓器としての脳が認識出来る範囲は、とても狭い。
盲腸と腹痛の区別もつかない。
癌になっても気付かず、渋々行った人間ドッグで漸く知る人もいる。

一番身近である自身の身体の事さえ正確に解らないのだから。
今、こうして思考している事の範疇がどれだけ狭いか。考えるだけで、そら恐ろしい。

幻覚、幻聴、幻臭に悩まされる人間は脳の錯覚で、在りもしないものをリアルに体験している。

しかし、それが果たして偽物だと誰が言えるのか。

そもそも、私達が共通して見て、聞いて、嗅いでいるものは、人間の臓器が共通して起こしている勘違いの産物では無いのか。


…考えたところで無駄でしか無い。なぜなら人間は人間の理解出来る範囲しか認識していないから。
それでも不安や心配は残る。

己に見えぬ死角を補う存在が人間にとっての神なんだろう。



………とにかく身体がだるすぎて、わけも無くイライラするので今日、私は仕事を休んだ。と言う事。
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