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変化と恐れ

今日はやけにぼんやりする。実際は原稿をしなければいけないわけだが、原稿が辛い。
原稿は逃避のようで逃避ではない。自分の性癖という最も目の瞑りたい醜悪な部分と向き合わなければならない作業のような気さえする。



実家に待避し、何ヶ月たつんだろう。

2010年4月20日にタマルを辞めて、翌月末にマンションを引き払い、実家に帰ったので一年四ヶ月というところか。


この一年四ヶ月の間、私は変化した気がする。
気がするだけなので確信は無いが、環境が変わった事によって細胞は入れ替わり、私のようで私では無い誰かになった気さえする。

その不気味な違和感が先の記事のような、書きなぐりに転じたのだろう。


回りをぐるりと見渡しても、過去のイメージから変容した人間は多い。

引っ込み思案がしたたかになったり。
きつい人間がやさしくなったり。
やさしかった人間がきつくなったり。



そんな中で、某人との軋轢も生まれたんだろう。
そういえば「あなたは変わった」とも言われた気がする。


具体的に自分の何処がどう変わったか。と考えてみる。


夜、突如として哀しくなる事が増えた。

これは大きな変化のような気がする。


小学生時代、「人生つらい」を口癖にしていたが、現在は、そんな事、当たり前すぎて口に出す気にもなれない。

むしろ口に出したら泣き崩れそうである。


実際はタマル時代より幸福であるはずなのに、贅沢な話である。
私はどんな状況でもマイナスを突つく性格なんだろうか。

現在は言いようの無い不安感に捕われている。




何かやっていなければ不安なのに、何かやっていると面倒で投げ出したくなる。



ひたすら、某友人宅の飼い猫になりたい。と思う。夜、わけもなく泣き出したら結論はいつもこれだ。


どうも現在の私の幸せな妄想には某友人が付き纏う。


妄想といえばBL。と私の中で相場は決まっていたし、実際それでなんぼか話も書いて来た。
書きながら妄想に酔いしれる事も多々あったし、それに満足もしていたのだが。

最近はどうも違う。
いもしないキャラクターよりも、私が幸せになりたい。それも一時のではなく永遠に続くような幸せである。


氷づけのような幸せを求めても、あるはずは無い。

人間は生きる限り常に変化し続ける。
求める幸せも変化し続けて、結局、私は永遠に言いようの無い不安に泣いているのだろう。例え猫になっても。


こんな言いようの無い苦しみの意味付けが、業とか、カルマとか、原罪とか。
そう言う言葉になるのかも知れない。
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