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no title

ドラマダをフルコンプした。簡単に感想をば。

1、音楽は間違いなく良い。
2.キャラのあくの強さはBL界随一のもの。
3.ストーリーにやや物足りない感あり。期待過剰すぎた。
4.真相ルートに達しなければわからない事が多すぎる

5.全体のストーリーの雰囲気はSTEAL!に似ており、オチというか真相は神学校に似ていた。キラルらしさはいずこ。
6.絵は存外によろしかった。
7.従来作品のような閉塞感がない。脱皮?



広告塔だと思っていた紅雀

no title

blogを書かねばならぬ。

何故か?


文章は書かなければ書けなくなる。


現に今、言葉が上手く浮かばない。これは由々しき事態ではあるまいか?

変化と恐れ

今日はやけにぼんやりする。実際は原稿をしなければいけないわけだが、原稿が辛い。
原稿は逃避のようで逃避ではない。自分の性癖という最も目の瞑りたい醜悪な部分と向き合わなければならない作業のような気さえする。



実家に待避し、何ヶ月たつんだろう。

2010年4月20日にタマルを辞めて、翌月末にマンションを引き払い、実家に帰ったので一年四ヶ月というところか。


この一年四ヶ月の間、私は変化した気がする。
気がするだけなので確信は無いが、環境が変わった事によって細胞は入れ替わり、私のようで私では無い誰かになった気さえする。

その不気味な違和感が先の記事のような、書きなぐりに転じたのだろう。


回りをぐるりと見渡しても、過去のイメージから変容した人間は多い。

引っ込み思案がしたたかになったり。
きつい人間がやさしくなったり。
やさしかった人間がきつくなったり。



そんな中で、某人との軋轢も生まれたんだろう。
そういえば「あなたは変わった」とも言われた気がする。


具体的に自分の何処がどう変わったか。と考えてみる。


夜、突如として哀しくなる事が増えた。

これは大きな変化のような気がする。


小学生時代、「人生つらい」を口癖にしていたが、現在は、そんな事、当たり前すぎて口に出す気にもなれない。

むしろ口に出したら泣き崩れそうである。


実際はタマル時代より幸福であるはずなのに、贅沢な話である。
私はどんな状況でもマイナスを突つく性格なんだろうか。

現在は言いようの無い不安感に捕われている。




何かやっていなければ不安なのに、何かやっていると面倒で投げ出したくなる。



ひたすら、某友人宅の飼い猫になりたい。と思う。夜、わけもなく泣き出したら結論はいつもこれだ。


どうも現在の私の幸せな妄想には某友人が付き纏う。


妄想といえばBL。と私の中で相場は決まっていたし、実際それでなんぼか話も書いて来た。
書きながら妄想に酔いしれる事も多々あったし、それに満足もしていたのだが。

最近はどうも違う。
いもしないキャラクターよりも、私が幸せになりたい。それも一時のではなく永遠に続くような幸せである。


氷づけのような幸せを求めても、あるはずは無い。

人間は生きる限り常に変化し続ける。
求める幸せも変化し続けて、結局、私は永遠に言いようの無い不安に泣いているのだろう。例え猫になっても。


こんな言いようの無い苦しみの意味付けが、業とか、カルマとか、原罪とか。
そう言う言葉になるのかも知れない。

もんもん

倦怠感、焦燥感、罪悪感。私は口先の調子良いだけの半端人間だ。気力も体力も精神力も持続力も忍耐力も半端窮まりない。ある振りは出来ても実際あるわけではない。

あるものは私の身体という殻だけだ。本質は何もありはしない。
私という存在は魂とか精神とか崇高なものでは無い。
身体の、臓器の、脳の活動の一環としての思考や分析を脳自身がまるで、それだけが特別なものであるように信号で言い聞かせているだけだ。
私は、その暗示に掛かっているだけに過ぎない。
性格や癖も脳の個体差。
喜怒哀楽は脳の信号。


そうすると今、こうして思考している私は突如として確信の無い存在に変わる。

私のアイデンティティは私の肉体が勝手に作った「こじつけ」だ。
社会は肉体の集まりに過ぎない。それらの「こじつけ」が決めた規範に、文化に一体何があるのか。

答えは出る事が無い。

人間の臓器としての脳が認識出来る範囲は、とても狭い。
盲腸と腹痛の区別もつかない。
癌になっても気付かず、渋々行った人間ドッグで漸く知る人もいる。

一番身近である自身の身体の事さえ正確に解らないのだから。
今、こうして思考している事の範疇がどれだけ狭いか。考えるだけで、そら恐ろしい。

幻覚、幻聴、幻臭に悩まされる人間は脳の錯覚で、在りもしないものをリアルに体験している。

しかし、それが果たして偽物だと誰が言えるのか。

そもそも、私達が共通して見て、聞いて、嗅いでいるものは、人間の臓器が共通して起こしている勘違いの産物では無いのか。


…考えたところで無駄でしか無い。なぜなら人間は人間の理解出来る範囲しか認識していないから。
それでも不安や心配は残る。

己に見えぬ死角を補う存在が人間にとっての神なんだろう。



………とにかく身体がだるすぎて、わけも無くイライラするので今日、私は仕事を休んだ。と言う事。

最近

最近、自分がどのように立ち回れば良いかサッパリ解らなくなって来た感あります。


ふわふわと地に足のつかぬまま、無責任な発言、行動を繰り返しているのでは無いかと、ただ不安です。

自分の価値がとにかく低いものに思えてなりません。

実際、社会的に見ても、人間的魅力から見ても、決して良質な人間では無い事は確かです。


もっとシッカリ、シャッキリ生きたいのですが、なかなか。

とにもかくにも自分プロデュースを見直さなければならないな。と思います。


少なくとも私本人は満足いく私でいたいものです。

なんだかなぁ。
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